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村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』は哲学書

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はじめに:走る小説家村上春樹の語ること

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村上春樹が『走ること』を通して自分の人生観や哲学を語ったエッセイです。

 

 題名はレイモンドカーヴァー『愛について語るときに我々の語ること』から取られています。カーヴァーの愛好家ならでは。ちなみに『愛について語るときに我々の語ること』は短編集です。

 

文学のイメージとは程遠い、フィジカルな営みが、彼の人生観に強く結びついていることが本書からはわかります。村上春樹ファン、ハルキスト必読の一冊。

愛について語るときに我々の語ること (村上春樹翻訳ライブラリー)

愛について語るときに我々の語ること (村上春樹翻訳ライブラリー)

 

 

走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)

走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)

 

 

目次

 

覚えておくべき名言:Pain is inevitable. Suffering is optional.

 

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『痛みは避けがたいが、苦しみはこちら次第』という意味で、村上春樹はこの一文がマラソンの一番大切な部分を要約している、と言います。

 

マラソン(市民)ランナーの方はわかると思いますが、ランナーに痛みはつきものです。しかし、それによって取る選択肢は全てランナー側に委ねられています。走るのをやめて回復を優先するのか、ゆっくり走るのか、痛みなんてなかったふりをして本気で走るのか。

特にマラソンの大会に出るとそれはリアルな結果として還ってきます。その痛みをどう捉えるかは、ランナー次第なのです。

村上春樹は体を痛めつけます。そうして追い込むことによって、痛みを選択的に受け入れます。

 

自己評価こそが本質

マラソンは個人スポーツです。自分で設定したタイムに、基本的には自分一人でトレーニングをして挑み、体調管理に責任を持ち、レースに挑む。その結果満足感や、何らかの発見があるかどうかが大切で、言い換えれば、自分に誇りのようなものが持てるかどうかが基準になる、と言います。 

 

それは仕事とも重なると述べています。

発行部数や、文学賞や、批評の良し悪しは達成のひとつの目安にはなるかもしれないが、本質的な問題とはいえない。書いたものが自分の設定した基準に到達できているかいないかというのが何よりも大事になってくるし、それは簡単には言い訳が聞かないことだ。他人には対してはなんとでも適当に説明できるだろう。しかし自分自身の心をごまかすことはできない。

(本文より)

痺れますね。 

 

マラソンで肉体を痛みつける理由

村上春樹にはファンも多いですが、アンチも非常に多く、文壇とも距離を置いていました。そう言った背景があるのだと思いますが、誰かに故のないように思える非難を受けたり、信頼する誰かに拒絶をされたりするときに、マラソンで普段より長い距離を走ると決めています。


そうすることで肉体的に消耗させるのです。そして、自分が能力に限りのある人間だということを認識しなおすというのです。ストイックですね笑 そして長く走った分、少しだけいつもよりタフになれる、強化できる、そういうのです。

腹が立ったら自分にあたればいい。悔しい思いをしたらそのぶん自分を磨けばいい。そう考えて生きてきた。黙って呑み込めるものは、そっくりそのまま自分の中に呑み込み、それを小説という容れ物の中に、物語の一部として放出するようにつとめてきた。

(本文より)

 

 

ウルトラマラソン(100km)、トライアスロン、スカッシュ

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村上春樹は一時期マラソンの伸び悩みに際して、競技を切り替えます。100キロウルトラマラソンやトライアスロン、スカッシュなんかがそうです。100キロマラソンやトライアスロンは、完走という意味ではフルマラソンよりもレベルが何段も上がりますが、彼はそれをクリアします。

彼は本書の中で度々言います。誰に頼まれて小説家/ランナーになったわけではない、と。そして、上記のような激しいチャレンジを達成後言った言葉は、強く彼の人生観を表していると思います。

 

「リスキーなものを進んで引受け、それをなんとか乗り越えていくだけの力が、自分の中にもまだあったんだ」という個人的な喜びであり、安堵だった。

(本文より)

 

 

彼は自分で選択し、自分で結果に対して責任を持つことを信条に生きているのでしょう。彼の小説以上に、雄弁に自分の人生感や哲学について赤裸々に語られた本でした。

 

おわりに

彼はもし自分の墓碑銘があるとしたらこう刻んで欲しいと言います。

『少なくとも最後まで歩かなかった』

 

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